匠の相駕籠

ソフトウェア開発者の日常

今年を振り返り、最後の平成へと向かう

 なんとか年末年始の休暇に入れまして、自宅で大掃除にも参加せずにゴロゴロしていたのですが、二匹の子どもが、常にカラダの上に這い上がってきまして、肉体的な負荷は減らない年末を過ごしております。こんばんは。

 

 ちなみに年始の仕事はじめは3日からです。正月三が日といいますが、正月早々働くことになってしまいました。いいんですよ、まだ若くて働き盛りなんだから。

 

 変に長い休暇を取って、仕事の集中力が切れるのももったいないので、リリースまでは、上手に息継ぎをしながら乗り切ろうと思います。息継ぎを忘れちゃうと、溺れてしまいますが、もうソフトウェアの開発に浸って、10年選手ですから、もうダメっていう境界は、多少見えているつもりでいます。

 

 いま取り組んでいるお仕事についてですが、とにかく膨大な仕事量と、非常にタイトなスケジュールで、進めても進めても終わりが見えない。11月と12月は、朝から晩までプログラムを書き続ける毎日で、GitHub の統計を見てみると、2万行を超えていました。

 

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 今回の仕事については、わりと最初からどんぶり勘定で見積もりして、スケジュールも厳しいのを知った上で、引き受けたものですので、ある程度この状況は予期していました。

 

 まぁ、いろいろありますけど、コード書きまくるの、タノシィィ!(`ェ´)↑ ピャー

 

 すこしずつ終わりは見えてきていますので、2月頭には落ち着いているはず。次のお仕事は、すこし易しめに設定しないと、燃え尽きちゃいそう。

 

 

 

 さて、年末ですし、すこし今年といいますか、これまでの自分を軽く振り返ってみたいなと思います。

 

 今年は、約2年ほど続いた長期プロジェクトが10月頃に終了しました。このプロジェクトではたくさんの勉強をしましたし、決して待遇が悪いわけでもありませんでしたが、わたしの方から継続を辞退させて頂いたプロジェクトでした。

 

 仕事の待遇って、いくら良かったとしても、他のことで満足できないと、やっぱり続けられないんだなと思った仕事だった気がします。何に満足できなかったかというと、「これって別に僕がやらなくてもいいな。代わりの人がいれば、成り立ちそうだな」と思うようになったのがキッカケな気がします。

 

 技術的に面白そうでも、待遇が良かったとしても、このプロジェクトには僕が必要ないな、と思ったら、たぶんそこは潮時なんだろうなと思うようになりました。

 

 心も身体も老いて、生活のために仕事にしがみつかなければならないときも、今後はやってくるかと思いますが、いま私は33歳で、まだ血の気の多い、働き盛り。物足りなさのほうが、勝ってしまったのかもしれません。

 

 

 

 いま請け負わせていただいている案件についても、あまり大きな声で言うことが出来ませんが、最初の面談のときの印象からは、たぶん発注こないだろうなと思っておりました。

 

 そのあと、結局はお仕事を請けさせていただくことになるのですが、そこに至る私の決意としては、「このプロジェクトには、私が出来ることがありそうだな」と思えたことだった気がします。

 

 チームの中にあまり開発経験豊富なメンバーがいなかったという先方の事情もありましたし、私次第でよく出来ることが、たぶんたくさんありそうだなと思ったことが、最終的に握手させていただく、最後のひと押しだったような気がします。

 

 ただ3か月程度と、人と信頼関係を築いていくには、あまりにも短いプロジェクトということもあって、わたしがコードを書くことに忙殺され過ぎたこともあって、いろいろと個人的に反省点も多いのでした。

 

 

 

 話は飛んでしまいますが、ひとの成長って何かと言われると、なんと答えますか?

 

 たとえばたくさんの本を読んで、勉強して、物知りになることは、ひとの成長ではないと、わたしは思っています。

 

 

 以前、経験したことがある困難な問題にぶつかったときに、前回とは違う行動が取れるようになったか?

 

 この、前回とは違う行動が取れるようになったことが、わたしはひとの成長なのではないかと思っています。選択には、ときには恐怖がつきまといます。この行動をすれば、誰かを傷つけるかもしれないし、何かを失うかもしれないという選択が、必ずあります。

 

 前に決めたときは、その恐怖に負けてしまったかもしれない。前に決めたときは、知らなかったリスクがそこにあったのかもしれない。そういったことを経験して、悩み抜いて、前とは違う、より良い行動が出来るようになったときに、一歩成長したんだなと思えます。

 

 

 また次回、私が請負の仕事をするときは、きっと前の反省を活かして、より良い行動と提案が出来るようになると良いなと思います。同じことを続けて、同じところに留まり続けても、道は続いていかない。

 

 

 

 最近、新聞で書評をみかけて気になった『こうして店は潰れた:地域土着スーパー「やまと」の教訓』という本を買って読みました。

 

 100年続いた老舗の地域密着のスーパーマーケットがどのように破綻、破産していったのか、克明に記録されていました。企業の破産というものがどういうものなのか、その会社の社長には、何が起こるのかというのも生々しく記述されていました。

 

 栄枯盛衰。良いときもあれば悪いときもある。転がり落ちるときはあっという間。会社経営という予測困難さと、恐怖をまじまじと見せつけられました。

 

 

 まがりなりにも私も零細企業の社長です。これから良いときもあれば、悪いときもあるでしょう。悪いときには、こんな恐ろしいことが起きるのだと思うと、怖くて足がすくんでしまいます。

 

 なんで会社なんか作っちゃったんだろう?

 

 

 

 わたしは25歳のときにサラリーマンを終えて、それから約8年間、フリーランスとそれを継承した法人成りで、生きてきました。思えば8年間、ずっと綱渡りで進んできたような気がします。

 

 商売とは何かを教えてくれる先輩はどこにもおらず、ゲーム業界からシステム開発に転身したということもあって、ツテやコネは何もないところからの出発でした。

 

 

 商売は弱肉強食で、常に自分よりも強い相手から飲み込まれてしまう危険と隣り合わせです。慎重に選んだ選択が、果たして最良だったのか... それはいつも時間が経ってみないとわかりませんが、いまのいままで、かろうじて生き残っているところから見ると、致命的な間違えではなかったようですし、運も良かったのでしょう。

 

 

 数多に転がっているように見える仕事の中から、何を選んでいくのか?どこに進んでいくべきなのかも、常に悩んできたことでした。

 

 

 先ごろ、仕事を選ぶ上で私が身につけた指標の一つが「私がやる必要があるか?」というものでした。商売ですから、儲かる必要はもちろんありますが、単純にお金が良ければ何でもやるのではなく、たとえお金が少なかったとしても、「私がやる必要があるか?」の答えがそこにあれば、わたしはその仕事に取り組むのだと思います。

 

 そこにもう一つの指標を、今回加えたいと思います。

 

 『その仕事によって、成長を得られるか?』

 

 

 先ほど紹介した『こうして店は潰れた:地域土着スーパー「やまと」の教訓』という本を読んで、会社経営の怖い部分を、だいぶん植え付けられてしまいましたが、何となくわたしが感じ取っているのは、「急激な会社規模の拡大」は常に大きな危険とともにあるということです。

 

 先述の本で、進むよりも撤退のほうが難しいというのがありました。進むのが容易な理由は、進むときというのは体力に余裕があるからです。だから前に進みやすい。

 

 撤退が難しいのは、撤退しなければならないのは大抵苦しい状況にあるからであって、その体力がない中で、体力の必要な後ろ向きの前進というやつを断行しなければなりません。これは体力があるときの、何倍もしんどい事でしょう。

 

 結局、撤退の困難さから、うまく行っていたように見えた会社が、突然苦しい状況に追い込まれるという状況も起きやすいようです。

 

 

 新しいマーケットや、活気のあるマーケットにビジネスとして参入するとき、そこに事業拡大の勝機があるのかもしれませんが、そこには同時に、うまくいかなかったときの撤退戦についても考えなければならないと思います。

 

 

 わたしは会社が潰れることは怖いです。だから、大きな勝負というのはやらないつもりでいます。

 

 

 

 まさにそんな零細企業を目指そうとしている自分が、何を大切にしたら良いのか...?それは「成長」しかないのかなと思うようになりました。

 

 誰にでも失敗と挫折と、そして成長の機会があります。

 

 少しずつでも良いから無理をせずに、前はできなかったことを、ちょっとずつ出来るようになる。地味ですが、そうやってにじり寄るように、状況を改善していけば、良いのではないかと思っています。

 

 

 急激な組織の肥大化は避けて、成長していけることをテーマとする。

 

 

 ひとつ会社の指針をあらためて、最後の平成に突入していきたいと思います。

 

 

 本年もどうもありがとうございました。

 来年も相変わらず、よろしくお願いいたします。